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    今の家へは、温泉がぬるいというのを承知の上で越してきた。

    「さつき、はじめは、はてな、見慣れない男がいるな、と思つたくらいですからな」

    と、何か文句にならないことを口の中で云つて、もう一度低いお辞儀をかへした。

    房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。

    「鬼倉ちふのはきさまかと云ふんだよ。あんまり、この近所の者をいためてもらひますまい」

    「おぢいさん、そんなに立つてばかりいないで腰をかけなさいよ」

    と、大声で云ひ聞かせた。

    それは莫迦げたことにちがひなかつた。だが、その莫迦げた習慣の中に今房一は身を以て入りつゝあるのを感じた。

    「なにしろこんな狭い田舎ぢやから、何事もねつうやる。それをやらんと後がうるさい。自然評判を落すといふことも起るかな」

    練吉は意外なことを耳にしたといふやうにちよつと房一を眺めたが、熱心に聞いていた。

    河原町の人達は皆自家の仕事をはふり出して川に出ていた。彼等の悉くがこの時期には漁師になつたかのやうであつた。まるで諜しめし合せたやうに同じ麦藁の大きな帽子をかぶつて、白いシャツを着こみ、魚籠びくと追鮎箱とをガタつかせながら、めいめいの家の裏口から河原に現れるのだつた。

    犬は横へとびこんだ。だが、匂も嗅がず、草の中から頭を出して、房一の方をしきりと眺めながら同じ方向に歩いている。

    「どうして又今まで黙つていたのかね」

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